2009年 2010年
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きょうは国民救援会東三河支部と国公法弾圧を許さない東三河の会の主催で、「ビラ配布・言論の自由を守る2010早春講演会」が豊橋市内でおこなわれました。葛飾事件の荒川庸生さんと伊賀カズミ中央本部副会長をお招きしました
「葛飾ビラまきでは昨年11月に、最高裁において上告が棄却されました。今本当に言論の自由を守らなければなりません」と、国民救援会東三河支部長の小林修弁護士が主催者あいさつをおこないました
葛飾ビラまき事件の元被告・荒川庸生さんの登場です。事件は2004年12月に起こされ、1審は無罪でしたが、2審で逆転有罪判決、最高裁で確定しました
「事件が起きたときに23日間留置場に入れられました。それからずっとひげを伸ばしてきましたが、昨年の最高裁が終わって、ひげをそりました。先日福井へいったら、ひげがなくて信じてもらえませんでした」
「1審では大島裁判長が、私がマンションの7階から3階までビラをまいたことは、罰するには当たらないとして、無罪判決を下してくれました。最高裁でも有罪とはなりましたが、集合ポストに配布することは問題ないと読み取れる判決です」
「事件が終わって、ビラをまき始めました。そして、わたし自身が判決が不当であることを訴え続けるつもりです。さらには個人通報制度の実現へ力を尽くしたいと思います」
続いて伊賀カズミ中央本部副会長が、「国際人権規約&個人通報制度を活用し言論・表現の自由を守ろう!」と題して講演をおこないました
「日本国憲法と世界人権宣言を、日本国民救援会は2つの宝として大事にしています。世界人権宣言を条約として実効性にしているものが国際人権規約です。しかし日本は第一選択議定書を批准していません」
会場には50名のみなさんが、雨の中参加してくれました
「第一選択議定書を批准すれば、裁判などを通じて人権侵害が回復されない際には、個人の資格で国連人権規約委員会に通報できるようになるんです。そのための運動を大きく広げましょう」
会場から、「子どもの頃からの人権教育が必要ではないか」「過労死で救われない人も個人通報できるのか」などの質問、意見が出されました
「先日、愛知選出の国会議員に、第一選択議定書の批准をおこなえと、事務所への要請をおこないました」と報告する、国際人権活動愛知連絡会の杉原事務局長
「みなさん、大いに署名を集めましょう。そして、お金がありませんので、ぜひともカンパをお願いします」と、事務局の尾崎金三郎さんから訴えがおこなわれました
「労働者の権利、国民の権利を守るためにも、個人通報制度の実現を早期におこなえるよう奮闘しましょう」と、東三労連の榊原正志副議長が閉会あいさつをおこないました
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きょうは国民救援会尾北支部による、「豊川幼児殺人事件」の現地調査がおこなわれました。参加者は24名で、マイクロバスの中でCBCテレビ作製の、事件のビデオを見ながら現地に向かいます
現地調査の前に豊川空襲の記念碑を見学です。案内をしてくれるのは国民救援会東三河支部の熊谷武副支部長
隣にある豊川稲荷にも立ち寄りました。狐ばっかり1000体以上あるそうです
豊川海軍工廠は100万坪あり、今は陸上自衛隊や日本車両の新幹線を生産する工場などになっています
現地調査は事件の端緒となった、ゲームセンター「WAVE」からスタートです。説明をしていただくのは、主任弁護人の後藤昌弘弁護士です
「深夜1時ごろ1歳10か月の翔ちゃんが車の中に寝ていて、何者かに連れ去られ、4キロはなれた三河湾で遺体となって発見されました。田辺被告は毎日ここで寝ていました」
「ここが翔ちゃんを海に放り込んだとされる現場です。深夜ですから真っ暗です」
「ここでガードレールのこちら側に翔ちゃんを立たせて、後ろから押したと自白していましたが、朝日新聞がその時刻は干潮で岩が露出しており、体に傷がないのは変だと報道しました」
「すると自白が変わり、『うしろから抱え上げて、数mむこうへ飛ばした』となった。わざわざ傷が付かないように殺したということですね」
「すると自白が変わり、『うしろから抱え上げて、数mむこうへ飛ばした』となった。わざわざ傷が付かないように殺したということですね」
先ほどの場所から250mほど離れた、翔ちゃんの遺体が引き上げられた場所に来ました。朝5時ごろ、蟹取りに来た人が発見し、ここへ引き上げたそうです
花を手向けて冥福を祈りました
参加者みんなで記念撮影をおこないました
最後は屋内で学習会です。この間のえん罪事件などの特徴や、裁判員裁判の状況なども含めお話いただき、参加者から質問をおこないました
「まったく証拠も、目撃者もいないのに有罪とされてしまった。自白のみが有罪の決め手ですが、彼は誰にでもどんなことでもいう性格ですから、たやすく自白を引き出しています」
参加者らは熱心に聞き入りました
最後に今回の会場などを手配してくれた、国民救援会東三河支部の中嶌昌春事務局長から、支部が抱えている3件の過労死事件などへの協力の訴えがおこなわれました
きょうは国民救援会天白支部の第2回大会が開催されました。司会を務めるのは事務局次長の遠藤さん
「この1年は国民救援会の注目される年でした。弾圧事件でもえん罪事件でも大いに力を発揮していきましょう」とあいさつする、支部長の渥美雅康弁護士
「第2回大会おめでとうございます。国民救援会は今年82周年、夏には第55回全国大会も開催されます。大いに奮闘し救援活動をおこないましょう」と来賓あいさつする、森下東治県本部副会長
「この1年で多くの方を亡くしました。その合葬追悼運動に奮闘されていることに敬意を表します。政権も替わり奮闘し時です」と来賓あいさつする、石川寿日本共産党昭和・天白・緑地区委員長
「業者もビラをまいたり、営業努力をおこなっていますが、そんなことで逮捕されたらたまらない。救援会に期待します」と来賓あいさつする、牧田充生天白民主商工会会長
「1年前に早く3ケタの支部にしようと頑張ってきましたが、まだまだ届きません。でも全国大会などに向けて大いに奮闘します」と活動報告をおこなう、佐伯恭次事務局長
「これからの1年は、独自の現地調査など大いに奮闘できるような予算を組みました」と会計報告をおこなう谷尚典さん
「名張毒ぶどう酒事件は、みなさんのおかげで、84歳誕生日記念宣伝行動を成功させることができました。いよいよ助け出す番です」と訴える、名張事件守る会の田中哲夫事務局長
「日野町事件は1審は自白は信用できないが証拠で有罪、2審は証拠は信用できないが自白は信用できると、めちゃめちゃな判決が出ています。阪原さんを救いましょう」と訴える、日野町事件守る会の服部さん
「山田さんは職場でひどいパワハラにあって、ストレス症候群の中で自殺してしまいました。公務災害認定の裁判を闘います」と訴える、高須さん
「08年に国連の人権規約委員会が日本政府に対して勧告をおこなった。これから個人通報制度を実現させていきたい」と訴える、国際人権活動愛知連絡会の杉原事務局長
総会で選出された役員のみなさんが紹介されました
いよいよお待ちかねの、布川事件再審請求人の桜井昌司さんの登場です
「事件当時は、自分も悪いことなどやっていて、警察からも別件で逮捕され、この事件に巻き込まれました。最初は否認していましたが、取調べが本当に苦しくって、自白に追い込まれました。」
「こうやって救援会のみなさんに出会えたことが、一番の宝であり、出会っていなかったら、こんなにも充実した人生は送れなかったでしょう。これからも再審へお力をお貸し下さい」
最後に激励金をお渡ししました。大会には55名が参加、2名が入会されました

2月8日
第2回国民救援会天白支部大会


きょうは1月29日に弁護団が最高裁に提出した、意見書についての学習会がおこなわれました。弁護団報告をおこなうのは山岡弁護士
「特別抗告から3年余。最高裁が昨年7月に検察官に対し『弁護団の新証拠について反論があれば出してください』といってきて10月に出してきた。弁護団がそれに対し反論したのが1月29日に提出したものです」
「しかしながら検察官は、2月19日に再反論という形で答弁書を提出してきた。弁護団としては再反論をおこないます。奥西さん84歳、特別抗告も終盤という時点での引き伸ばしで許せません」
「検察官はペーパークロマトグラフの発色を問題にしていますが、その反論の中でも自己矛盾をしています。化学的な正しさを、最高裁に理解してもらわなければならない」
会場には39名が参加し、熱心に報告に聞き入りました

2月23日
名張毒ぶどう酒事件
 弁護団意見書学習集会

2月26日
ビラ配布・言論の自由を守る
 2010早春講演会

2月24日
国民救援会尾北支部主催
 豊川幼児殺人事件現地調査


取り組み紹介2010年2月