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きょうは足利事件の全国現地調査がおこなわれました。この事件は1990年に栃木県足利市で起きた、幼女誘拐・殺人・死体遺棄事件です
「先日我々が望んでいたDNA再鑑定がおこなわれて、大きな動きのある中で現地調査がおこなわれることになりました」とあいさつする、司会の泉澤弁護士
「すでに我々が12年以上前から要求していた、DNAの再鑑定が、今回始めて認められた。なぜこんなに長引いたのか重大な問題です」と渋川弁護士
事件概要と今後の課題、現地調査の重要性などについて、佐藤博史弁護士が1時間半にわたって報告をおこないます
「足利事件は連続した事件でしたが、菅谷さんの自白があるにもかかわらず、真実ちゃんの事件のみを立件・起訴しました。証拠が全く無いんですね。だからDNA判定を持ち出してきた」
「DNA鑑定の水準がまだ、鑑定に使える域に達していなかったこと。しかしみなさんには、DNAの問題が無くとも、菅家さんが犯人でないということを理解してほしい」
10社を超えるマスコミの取材がありました
全国から、13都道県、130名をこえる支援者らが駆けつけました
「今回の現地調査は、昼間だけでなく、夜間検証をおこないます。この中で事件の真実はどこにあるのか、充分に理解してほしい」
4台のバスに分乗して、現地調査をおこないます。はじめに別の事件である有美ちゃんの死体発見現場へ行きました。花を供え、冥福を祈ります
すでに無くなっている、菅家さんの自宅(実家)の跡です。菅家さんは別の場所で借家も借りていました
次に本件である、真実ちゃんの失踪現場と、菅家さんの自白内容に照らしたルートを確認します
ここにパチンコ店の景品交換所がありました
景品交換所からパチンコ店の駐車場の一番向こうにある黒と黄色の看板の前の人が見えるでしょうか。菅家さんはここから真実ちゃんを発見して声をかけたと自白しています
「こんな状態では車が1台でもあったら真実ちゃんは見えません。自白では4時間もの間パチンコに興じていたと自白させられています」
「『自転車に乗せてあげる』と声をかけ、後ろに乗せてこの坂を上って、堤防の向こうにある運動公園へ連れて行ったことになっています」
「駐車場に1台でも車が止まっていれば、真実ちゃんは見えないはずですし、4歳の女の子は自転車の荷台にまたがれるような体の構造になっていない。矛盾があります」
自白では菅家さんが真実ちゃんを殺害した後、缶コーヒーなどを買ったとされるフードセンターです。しかし実際には菅家さんは3時ごろに行ったと言っており、それを裏付けるレシートの控えもありました
実際の事件現場である運動公園の調査をおこないます。自転車の位置は菅家さんがここに自転車をとめて、草むらの中に真実ちゃんと入っていったとされる場所です
「事件当時この付近は、2〜3メートルもの葦が生い茂っていました。その中に小さい女の子を連れて行こうとするのですから、周りに人がいるわけで、騒がれたらすぐばれてしまう」と佐藤弁護士
しっかりしたズボンと靴を履いてないと入れないような場所です。ただ、事件後渡良瀬川に洪水がおきており、当時とは川の流れが変わっているために、死体発見現場は今は水中です
この周辺も葦が生い茂っていましたが、現場検証の際などに、すべて刈ってしまって、瓦礫のようになっているところもあります
ここが真実ちゃんを殺害したと自白させられた現場です。ここから56m死体を運び衣服を剥ぎ取り、さらに40mほど行った所に死体を棄て、衣服を取りに戻り、川中へ棄て、自転車に戻ったとされています
「真実ちゃんがここに連れてこられたのは午後7時ごろ、暗い中で、葦も生い茂っている中で、あっちこっち行ったり来たり、そんなことできるでしょうか?」
さらに遺体発見現場へむかいます
遺体が発見されたのは看板の20m先の場所で、現在は川の中です
マスコミの取材にこたえる佐藤弁護士
夕方6時半に夜間検証が始まりました。再びパチンコ店に戻って、真実ちゃんがいなくなったとされる足取りを追います
2人乗りの自転車で駆け上がったとされる坂を上ります。写真右手渡良瀬川の堤防です
堤防の上まで登り、運動公園に入ってきました
この野球場では、菅家さんを知っている人が練習をしており、「そんな2人乗りの自転車がきたらすぐに気がつくし、声をかけているよ」という証人がいます
自転車を自白どおりに停め、河川敷の草むらの中に入ります。テレビカメラのライトがあるので明るく見えますが、周りは相当に暗い感じです
真実ちゃんを殺害したとされている現場です。この暗さの中で、歩き回って、再び衣服を取りに行ったりできたのでしょうか?
「この先20m」の看板も、午後7時ではほとんど見えません。これで夜間検証を終えました
2日目は別の幼女の殺害事件についても検証します。79年に起きた万弥ちゃん事件の殺害されたとなっている現場の、八雲神社です
「菅家さんは職場の昼休みにここへ来て、万弥ちゃんを殺害して、職場に戻り、夕方ふたたび戻ってきて遺体をリュックに入れ、自転車の荷台にくくりつけて河川敷へ棄てに行ったというのです」
「普通殺したらすぐに棄てに行きますよね。でも菅家さんの昼休みに合わせて自白させるからこんなことになってしまいます」と松本弁護士
万弥ちゃんは午後2時半ごろに、中央軒という中華料理店の前で目撃されていました。今は廃業して空き家です
まとめの集会がおこなわれました
「この冤罪事件で重大なことは、我々が12年前にDNAの再鑑定を要求したときにやっていたら、こんなことにならなかった。その間に時効をむかえ真犯人を逃した。その責任は警察、検察、裁判所、マスコミにある」
「今の司法のあり方を絶対に変えないといけないです。この事件を通じても、自分の布川事件からも言えます」と布川事件再審請求人の桜井昌司さん
「毎月、千葉刑務所の菅家さんと面会しています。DNA再鑑定を本人は本当に喜んでいます。一日も早く救い出したい」と千葉の鷲尾さん
「弁護団としてはここまで証拠が明らかになっているのだから、再審を待たずに釈放せよと、5月19日に検察に申し入れをおこないます。かなわなければ、裁判所に命令を出してもらいます」
全国現地調査参加者一同の意志を明らかにした、アピールが読み上げられました
アピールです
「5月21日から始まる裁判員制度。その中でも冤罪が懸念され、市民が巻き込まれかねない。事件を通じてそうならないようにしていきましょう」と、閉会あいさつをおこなう笹森弁護士
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きょうはマツヤデンキ過労死事件控訴審の口頭弁論です。障害者の権利を守るための闘いです。法廷前に集会がおこなわれました
「署名をみなさんに寄せていただいて、裁判所に届けることができました。世論の力で裁判所を動かしたい」と支援する会事務局の中嶌昌春さん
法廷には40名をこえる支援者らが集まり、傍聴席はいっぱいになりました
「いつも支援してくださってありがとうございます。ぜひ夫が過労死だったことを証明するためにも、医師の証人尋問を実現したいと思います」と、原告の小池友子さん
法廷後集会がおこなわれました。「裁判所が証人採用を認めてくれた。高裁段階ではまれなことですが、みなさんの支援の賜物と思います」と水野幹男弁護士
「須田医師はなかなか忙しい方ですので、充分にタイミングを見計らって、証人尋問を実現したいと思います。そのためにもさらに力を貸してください」
「この事件は障害者にどれだけ残業をさせてはならないかの新しい規準を作るものとなる。勝利を勝ち取るまで、ともに頑張りましょう」と報告する、岩井羊一弁護士

取り組み紹介2009年5月


5月16日〜17日
足利事件全国現地調査

5月8日
マツヤデンキ過労死
 控訴審口頭弁論