2009年 2010年
1月 7月 1月 7月
2月 8月 2月 8月
3月 9月 3月 9月
4月 10月 4月 10月
5月 11月 5月 11月
6月 12月 6月 12月
きょうは名張毒ぶどう酒事件の全国現地調査がおこなわれました。今回はちょうど事件から48年目の日です。1日目は事前学習会です
「昨年末、会長になって、恥ずかしながら現地調査に参加するのはこれが初めてです。しかし全身全霊で事件解決に努力いたします」とあいさつする、水野三重県本部会長
「なんとしても再審を勝ち取らねばの決意で中央本部としても奮闘いたします」とあいさつする、本藤修中央本部副会長
「2年前に特別抗告をしてから、8通の補充意見書を提出して、奥西勝さん救出のために力を尽くしています」とあいさつする鈴木泉弁護団長
今回は30数名いる弁護団の内、12名が参加してくれました
「この事件の行方は、日本の刑事司法の再生できるかどうかを表すといっても過言ではない。5月から始まる裁判員制度との関係でも、必ず再審を勝ち取りたい」
名古屋拘置所の独房から届けられた、奥西勝さんのメッセージが読み上げられました
「最高裁判所に出してきた補充書は、特に異議審決定の誤りを、徹底的に追及し、調査官に読んでもらう、関心を充分に払ってもらう努力をしてきた」と、平松清志弁護団事務局長
「この裁判は科学の裁判であるだけに、素人である裁判官に理解されず、誤解を生むことがある。それを充分に噛み砕いて、提出してきました」と、パワーポイントを使って説明する稲垣弁護士
現地調査には、18都道県82名が参加しています
「奥西さんの置かれてきた状況と、裁判の中での必死の決意を伝える補充書を書いて提出しました」と、第8補充意見書を読み上げる、小林修弁護士
「要請ハガキをもっともっと、届けんといかんのではないか」と発言する、奈良県の生井事務局長
「現在、全国オルグをおこなっています。どこでも、ぜひ力を尽くしたいと応えてくれる」と発言する、稲生昌三面会人・国民救援会副会長
事前学習終了後、夕食をとりながら、全国の交流会がおこなわれました。写真は山形県の佐藤さん
「私は奥西さんに、充分に事件のことを話せないので、今の葛尾の状況や季節を伝えることに重点を置いて、面会しています」と報告する、奈良県の奥谷面会人
東京から、布川事件の再審請求人である、杉山卓男さんと、守る会からも参加してくれました
あらためて弁護団も、決意と思いを語ります
北海道、熊本、北九州など、全国から参加してくれました。訴えるのは神奈川からの参加者
2日目は、3台のバスに分乗して、事件現場に入ります。事件を理解する上で、必要な場所でバスを降り、弁護団からの説明を受けます
R青年が会合で使われる40個の折り詰めを取りに行った、広島屋さんの付近で説明を受けます。話をするのは山岡弁護士
弁護団の説明を聞いた後、質問などもおこなわれました
事件を理解する上での出発点ともいえる、三奈の会会長とR青年が務めていた農協で、鈴木弁護団長から説明を受けます。東海テレビなどの取材も受けました
「当日、少し会にお金が出ることが判って、会長がR青年に懇親会の女性用にぶどう酒を会に行くことを命じた。しかし奥西さんは前日に農薬を準備したことにされています」
農協はすでに昨年4月に閉店していました。建物も無くなり、事件から50年近くたって風化される前に、再審を勝ち取らなければなりません
農協の庭には、3分咲きの桜が植えられていました。きょうはかなり肌寒いようです
R青年がぶどう酒を買いにいった、H酒店(写真後方)付近を調査します。
奥西さんが農薬の残りが入ったビンを捨てたとされる名張川の牛岩です。しかし実験しても、自白のように「プカリプカリ」と浮かんで流れていったりはしません
いよいよ葛尾の部落に入ります。調査するポイントなどの説明を受けます
今でも部落の中は事件に対して敏感なため、5人ずつの小班に分けて調査をおこないます。1人弁護士が入って、説明をおこないます。前の班が見えなくなったら、次の班が出発です
葛尾地域はいまでものどかな、事件当時とほとんど変わらない風景です。山の斜面には10数軒の家がしがみつくように建っています
会長の家の前です。ぶどう酒は一度会長のうちに運ばれ、懇親会前に奥西勝さんが公民館まで他のお酒と一緒に運びました
公民館に向かう石段です。奥西さんは他の2名の女性と一緒に公民館へ向かいましたが、その女性らは奥西さんと一緒にいったという記憶がありません。女性らはおしゃべりをしながら、足元を見ながら登ったためです
先に歩いていた奥西さんからは、いつも下にいる女性らを見ることができます。振り返りながら公民館へ向かったのでしょう
すでに公民館は壊されて、燃やされ、今はゲートボール場になっています
最後のまとめの集会です。特別報告として、「なぜやってもいない人が自白してしまうのか」、伊藤和子弁護士が報告します
「きわめて重い犯罪でも虚偽自白してしまう。それはやっていないからその実感が無く、取調べの苦しさ、目先のことから逃れたいというのが自白に追い込まれる理由です」
「なんとしても再審を勝ち取るために、署名、要請ハガキなど、思い切って取り組みましょう」と行動提起をおこなう、田中哲夫名張事件全国ネット事務局次長
現地調査の最後に、鈴木泉弁護団長の音頭で、「団結ガンバロウ」を三唱しました
会場前で、愛知の関係者が記念撮影をおこないました
名古屋へ向かう途中、今は伊賀市に移されている、奥西家の墓にみんなで立ち寄りました
墓前に花を手向け、一人ひとりが線香をあげます。奥西勝さんの母・タツノさんもここに眠っています
最後に記念写真を撮って、帰路につきました
2009年 2010年
1月 7月 1月 7月
2月 8月 2月 8月
3月 9月 3月 9月
4月 10月 4月 10月
5月 11月 5月 11月
6月 12月 6月 12月
きょうは国際人権活動愛知連絡会の学習会がおこなわれます。「長らく閉店状況だった愛知連絡会を再開できてよかった。きょうは大いに学びましょう」と主催者あいさつをおこなう、代表の恒川雅光弁護士
会場には43名のみなさんにお集まりいただきました
「おくれた日本の人権いかに正すか」と題して、国民救援会中央本部会長の鈴木亜英弁護士を講師に、昨年10月に国連人権規約委員会から出された、日本政府への総括所見を学びます
「国際的な場へ行くと、ビラまきの禁止や戸別訪問の禁止がおこなわれていることに驚きの声が上がります。こういった状況を一刻も早く正さなければなりません」
「2月28日には東京で人権活動での集会がおこなわれ、日本政府に対する勧告を、大いに活動の中に活かそうじゃないかという討議がおこなわれました」と報告する、稲生昌三国民救援会副会長
セクシャル・マイノリティ問題についての発言もおこなわれました
「請願をいろいろおこなっているが、そのあとどう扱われてるか知りたい」と熱田の後藤幸雄さん
「トヨタがフィリピンで工場を作って、労働組合ができたら第2組合を作って、労働者の権利を侵害している」と大企業の実態を告発する近森さん
「名古屋市長選挙に立候補しようとしている民主党の衆議院議員は、従軍慰安婦問題はなかったんだと、アメリカにまで行って新聞広告を出している」と訴える水野磯子さん
鈴木会長に一つづつの質問、意見に答えてもらいました
「この勧告を学ぶことができてよかった。さらに学んで広げていくことが必要です」と閉会あいさつをおこなう副代表の、福田秀俊愛労連副議長

3月13日
国際人権活動愛知連絡会学習会

きょうは第62回全国解放運動無名戦士合葬追悼会が、東京・日本青年館と青山墓地で営まれます。名古屋駅からのぞみで上京します
黄砂にかすむ中、富士山を眺めることができました
合葬追悼会は中央合唱団によるとむらいの歌から始まります
今回は1115名が合葬され、愛知からは41名が合葬されます
「苦楽をともにした、仲間や先人たちのたたかいで、今日の憲法や平和を勝ち取ることができている」と主催者あいさつをおこなう、鈴木亜英(つぐひで)国民救援会中央本部会長
舞台には今回なくなられた方々の遺影が数多く飾られています
全国から千名を超えるみなさんが、会場には結集しています
「日本共産党は派遣切りなどで苦しめられている、多くの国民とともに力を合わせ、解決していく」と、日本共産党中央委員会を代表して弔辞を読む山下芳生参議院議員
新遺族を代表して、追悼会に対する感謝の辞が述べられました
「先達たちの功績に恥じないよう、新たな決意で明日からのたたかいを進めたい」と閉会あいさつをおこなう、吉田きよ子国民救援会中央本部副会長
式典のあと、千名を超えるみなさんが、青山霊園にある、無名戦士の墓まで葬送更新をおこないます
愛知からの参加者で、記念写真を撮りました
無名戦士の墓に一人ひとりが献花をおこないます
心を込めて献花がおこなわれています
きょうの締めくくりで、5月10日の愛知の合葬追悼会への呼びかけがおこなわれました

3月18日
第62回全国解放運動無名戦士
 合葬追悼会

取り組み紹介2009年3月

3月28〜29日
第27回名張毒ぶどう酒事件
 全国現地調査